ホテルモスクワの朝ご飯は、パンが焼きたてで、なかなかおいしかったです。思えば、今回の旅では、はずれの料理がほとんどなかったです。（唯一はずれたのはモスタルのパスタだね）リゾットを食べたりもしたので、日本食が恋しい、ということもなかったし。
おなかがいっぱいになって準備も済んで、さて出かけよう、ということになりました。しかし、どうしてもしなければならないことがあります。それは、両替。私はまだセルビアのお金ディナールを手に入れていなかったのです。
昨日、サシャたちが、「ホテルで両替すればいいよ」といっていたので、フロントにいくと、
「今日はメーデーで祝日だから両替はしてないよ。銀行も休みだし」
とのお返事。
なんですと？ そういえば、今日は５月１日。日本でもカレンダーにはメーデーとちょろっと書いてあったりはしたけど。考えてみればセルビアは共産国でしたわけで、労働者のための祝日、メーデーはかなり大がかりなものなのかもしれません。
フロントのお兄さんは、もし、レシートなしで良ければ個人的に両替できるけど、どうする？と親切に言ってくれました。でも、一応レシートがあった方がいいよなぁ、と思いました。記録にもなるし。すると、フロントのお兄さんは言いました。
「ここから５０メートルぐらい行くと地下に降りる道がある。そこで両替してくれるから行ってごらん。すぐだよ」
私は外に出ました。昨日は夜でしたからわからなかったけど、ホテルモスクワはなかなか瀟洒な建物でした。モスクワホテルの目の前はちょっとした広場があります。ここはテラジエ広場というようです。その脇に大きな道路があり、すすけた感じのビルが脇にずらりと並んでいます。その下を、トロリーバスや、車が走っていました。町並みの雑然とした感じは、ヨーロッパという感じではなくて、なんとなく日本の都市を思わせました。そういえば、一昔前の、浜松の中心街に似てる感じだなあ、と、妙な親近感がわきました。
ちょっと歩くと、フロントのお兄さんが言っていたように、地下道が見つかりました。インフォメーションマークが見えたので降りていく。メーデーだけあって、軒並み店は閉まっていたけれど、とりあえず両替所はやっていました。ちなみに、この日は、ここしか両替所やってなかったです。銀行は軒並み閉まってるし、町中の両替所もシャッターが降りてたし。
というわけで、無事にセルビア・ディナールを手に入れることができました。１ディナール＝２円ぐらいなので、桁が突然大きくなり、ちょっとお金持ちになった気分。
ところで。ちょっと興味深いことに気づいた。
両替所の正面には両替できるお金一覧がならんでいます。日本円も、ドルも、ユーロもありました。ボスニアのマルカも。しかし。クロアチアのクーナだけはなかったです。敵国のお金は両替できないということなのか。両国の対立の根の深さを感じた一瞬でした。
両替が無事に済むとほっとしました。相方の疲れもあって、今日は無理に歩き回らず、ゆっくりとベオグラードを散策することにしました。
早速向かったのがカレメグダン公園。
サヴァ川とドナウ川が交差する交通の要衝で、紀元前４世紀頃から要塞があったといいます。カレメグダンとは、トルコ語で、city field（カレは町、メグダンは野）という意味だそうな。
非常に大きな公園で、天気もあったんだけど、すごく気持ちがいい。
まずクネズ・ミハイロ通りから公園に入ります。公園内はたくさんの木々が茂っています。道沿いには、アイスや綿飴の屋台が出ていたり、おばちゃんやおっちゃんがおみやげが売っていたりします。その間を、子供連れの家族や、カップルたちが仲良く散歩していて、ベオグラードの憩いの場なんだなぁ、なんて思ってしまいます。
ちなみに、このおみやげ屋台にはおもしろいものが売っています。それはデノミ前の旧ユーゴのお金で、５０００億ディナール札です。１９９０年、ユーゴにアメリカの口利きでＩＭＦ（国際通貨基金）が介入しました。経済は混乱。１９９３年には、紛争開始もあいまって、なんと、116,000,000,000,000%のインフレが起きたといいます。１１６兆％ですよ。ありえん。
というわけで、０が１１こもついたお札を購入。ほかにもセットになっていて、全部で５ユーロでしたかな。おみやげに５千億ディナール札を上司にあげたら、すごく喜んでくれました。
元は要塞だけあって、城壁も残っていたりします。今はみんなよじ登って遊んだりしてるんだけどね。
このあたりの建築物は１８世紀に建てられたものようです。
さらにすすむと、視界が急に開けます。
遙かドイツのシュバルツバルトを源泉としてオーストリアを抜け、バルカン半島を横切り、黒海へと注ぐドナウ川。一方、アルプスを源泉として、スロベニア、クロアチアと流れてくるサヴァ川。目の前いっぱいに悠々と流れる川の流れは、日本じゃ見られないスケールで、ため息が出そう。
川向こうに広がるパンノニア平原ものぞけました。
なるほど、確かにこれは戦略上重要だわなぁ、と思わせる位置です。
ちなみに、ウィキペディアでベオグラードのことを調べていたら、恐ろしいことが書いてありました。
紀元一世紀以来、ベオグラードは54回の攻撃を受けている。これは平均で37年おきであり、ベオグラード市民は一生に二度、外からの攻撃を経験するということに等しい。
とのことです。バルカン半島がいかに落ち着かない場所なのかと思い知らされてしまいました。
川沿いを抜けると、おっきな時計塔があったりする。上はオーストリア製、下の土台はトルコ製。
さらにすすむと、ミリタリーミュージアムというのがあります。軍事博物館だね。
せっかくなので、入ってみることに。１００ディナールです。
中はなかなか年期が入った感じの建物です。なんでも１８７８年創立、１９０４年一般公開であるから、歴史は古い。展示は古代から第二次世界大戦に至るまで。残念ながら、近年のユーゴ紛争や、NATO空爆は、展示していない。
しかし、この博物館、なかなか充実していて結構おもしろかった。もちろん、説明はセルビア語で、英語の説明すらろくすっぽないのですが、地図とか、武器とか見ているだけで感動してしまう。リアルドラクエか、ファイナルファンタジーのの世界だよ。
銅の剣があったり。（銅の剣は鉄みたいにさびて朽ち果てないので、かなり昔のものが残っているらしい）棍棒とか、槍とか、こんなので刺されたら痛そうだなぁ、というものがいっぱい。プレートアーマーの模造品も展示してありました。すごくごつくて重そうでした。だけど、この旅では、列車で一緒になったサシャはじめ、旧ユーゴの人の体格の良さはしみじみ納得しています。この鎧を着込んだセルビア人けど、ごっつい剣を振り回して雄叫びをあげながら戦う姿というのは容易に想像ができてしまいました。こんなのをフル装備したセルビア人が集団でやってきたら、私は間違いなく逃げます。さぞや恐ろしいことでしょう。
しかし、不思議なのですが、セルビア軍というのは、個人個人はすごく強そうなのに、なぜか戦争には負けてしまうイメージがあります。今回の紛争でもイイとこなしの負け戦だし、トルコにも占領されていた時代もあります。なぜなんでしょう。
ともあれ、作られたのが２０世紀初頭というだけあって、セルビアだけでなく、旧ユーゴの土地の全般の歴史ばっかりがあるっていることです。あたりまえといえば当たり前なんだけど。
なにしろ、地図にイタリア半島すら載っていないことが多い。セルビア中心に、ひたすらクロアチア、ボスニアあたりのドンぱちの記録が載っています。やれ、アルバニアとモンテネグロで小競り合いだの、コソボでトルコ軍と全面衝突だの、日本ではとうてい見られないバルカン半島の歴史が非常に細かく展示してある。とても充実していて、バルカン半島の歴史に興味がある人なら、すごく楽しめると思います。
中世ゾーンをすぎると、今度はトルコに占領されていた時代に入ります。ここで、トルコ風の衣装が突然出てきます。そして、圧巻は、第一次世界大戦から、第二次世界大戦まで。パルチザンがどういう風に戦ったのか、とかこれでもか、と出てくる。ボリューム満点。
そして、第二次世界大戦後、ユーゴスラヴィアがナチスから独立を勝ち取ったところで、展示終了。ユーゴスラヴィアが崩壊してしまった今としてはちょっとむなしい気がしないでもないが。
それにしても、この博物館を見て思うのは、バルカン半島というのは戦争の連続する土地なんだなあ、ということ。いろいろ考えさせられてしまいました。
軍事博物館の手前の空堀には野ざらしになった戦車が置いてあったりします。
子供が楽しそうに遊んでいました。
こうやって、こっちの人は幼い頃から武器になじんでいくのねぇ、と妙な関心。
カレメグダン公園では本当にのんびり散歩をしました。ので、気がついたら３時になってしまいました。お昼ゴハンには遅く、夜ゴハンにはちと早いという、微妙な時間。とりあえず、アイスを食べて、クネズミハイロ通りをぶらぶら。
ここは、ベオグラードの中心通り。建物もなかなかこぎれいで、通り沿いには、ＺＡＲＡやＭＡＮＧＯ、ベネトンといったショップが並びます。残念ながら、メーデーなのでことごとくお休みでしたが。
いろーんな人が歩いているので、アイスを食べながら人間観察しているだけでも楽しい。バイオリンを演奏している人がいたり、歌っている芸人さんがいたり。ここに本当に空爆なんてあったんだろうか、と思ってしまうぐらい平和な景色。
食べたアイスはキウイ味。いろんなのがありました。４０ディナール。
ユーゴの人はアイス好き。みんな食べてます。
セルビア正教会は、クネズミハイロ通りからちょっと脇に離れたところにある。大きな建物なので、すぐわかります。
中は、今までみたどの正教会よりも立派で広かったです。正面の壁には、立派なイコノタスがあり、天井にも綺麗な絵が描いてある。祭壇の前には、ガラスケースに入れられたイコンが置いてありました。
私以外にもあからさまに観光客な人もすこしはいたけれど、ほとんどはたぶん地元の人。ひっきりなしにやってきては、とても熱心にお祈りしていました。
みんな、順番に並んで、イコンの前で三回キスをして、十字を切る。
生活に根ざしているというか、心の支えみたいなものなのでしょうか。その姿はとても心がこもっている感じがしました。
今日のお昼ゴハン兼夜ゴハンは、レストラン”？”。
お店の名前が”？”（ピタニェとよむみたいです）なのです。セルビア大聖堂の真向かいです。
なんでもベオグラードで一番古い建物で、昔は旅籠に使っていたのだとか。以前は｛羊飼い｝や、｛トムの旅籠｝とか言います名前でしたのですが、向かいの大聖堂にちなんで、｛大聖堂｝という店名にしたらクレームがきてしまいました。名前を変更しなければならないが思いつかず｛？｝にておいたら、それがそのまま店の名前になってしまったとのこと。
古いだけあって味があります。床もちょっと傾いているような。木の椅子も小さくて、でもとっても雰囲気がありました。
ちなみにメニューはキリル文字だらけで、よめないよー。オススメを聞いて、 グラーシュと、？スペシャルみたいなお肉の盛り合わせを頼んです。
これもおいしかったな。さすが老舗だけある感じ。。
下に教会があって、聖水が売って（？）たりします。
ゴハンを食べ終わってから、またカレメグダン公園を散歩しました。
夕暮れ間近のカレメグダン公園は、たくさんの人がいて、みんなゆったりとくつろいでいました。親子連れや、友達どうし、恋人たち。
私は、ドナウ川とサヴァ川が交差するのを見下ろせる高台に座り込んで、夕日が沈んでいくのを眺めました。
ゆったりと流れるドナウ川には、いくつかのクルーズ船が浮かんでいます。その向こうに、ベオグラードの新市街が見えました。さらに向こうには、はるかハンガリーへと続くパンノニア平原も望めます。日本ではお目にかかれないような雄大な眺めでしました。
明日には、日本への帰路に就くと思うと、感慨深く、いろんなことが思い出されました。
ボスニア・ヘルツェゴビナ。クロアチア。モンテネグロ。セルビア。
かつてユーゴスラヴィアと呼ばれた国を廻り、いろんな人に会った。みんないい人たちばかりでした。
広いなぁ、としみじみ思いました。
大陸というのは、広い。広いから、行こうと思えばどこまでも行けます。いろんな人がいて、いろんな民族がいます。考え方も違うし、争いも起こるんだろうな、と思います。いろんな考えがあるから、自分が何者なのかをはっきりさせるために民族とか宗教とかにこだわるのかな、という気がしました。
反面、日本というのは、狭い。だけど、この狭さがあるが故に、手元に自分が手に入れられるものの限界、行けるところの限界がわかるのです。だから、江戸時代なんかは自分の国土で手に入れられるものをリサイクルしたし、もったいない、という言葉もあるわけです。言葉もみんなほぼ一緒だし、国の中でお互いに平穏に暮らしていられたわけで。それは（まぁ、崩れては来ているけど）平成の今にも続くものであるし、それですごくすばらしいことなんだよな、とも思いました。