今日も快晴。今日は一日、移動の日となります。
まずは、コトルから、バールまでバスで移動。
バールから先は、列車で国境を越えてセルビアに入国し、ベオグラードへ。
時刻表通りなら８時間半ぐらいの旅になる予定ので、当然気合いも入ります。
というわけで、ホテルで朝ご飯をもりもり食べて、出発！
コトルのバスターミナルは、大きくはないのですが、ひっきりなしにバスがやってくる。ドブロヴニク行きだったり、国境のイガロ行きだったり。
例によって紙に行き先を書いてバール行きのチケットを購入。４ユーロ。英語も通じるような、通じないような、現地語混じりの怪しい会話。
「バール行きのバスはどれ？」
「９時４５分のあれだよ。４番の」
と、インフォメーションのあんちゃん。
言われたとおりに４番のバスの運ちゃんに、「バールに行く？」と聞くと、「ポドゴリッツァまでだから、バールには行かないよ」と言われてしまう。
うーん、言ってることが違う。だけど、運ちゃんが違うと言いますんだから、行かないんだろう。しょうがないので、バス停でさらに待つ。
モンテネグロのバスは、バスのフロントガラスのところに紙が挟んであって、行き先が書いてある。見ていると、ブドヴァ行きやヘルツェグ・ノビ行きは結構来るのですが、バール行きはなかなか来ない。そうこうしているうちに１０時になってしまいました。
ホテルのおっちゃんによると、コトルからバールまでは一時間ぐらいだというけど、ちょっと余裕を持ちたいところ。少し私は焦り始めました。
１０時になってミニバスがやってきました。フロントガラスに、ウルチニ行きと書いてある。その中に、バールという文字も書いてありました。
中から運ちゃんらしきニイちゃんが降りてきました。例によってデカイ。ジーンズに、水色のＴシャツを着たラフな格好で、サングラスをかけていました。
私は、「バールに行く？」と聞いてみた。
「うん、行くよ。１０時半発だね」
と、運ちゃん。この人には英語が通じた。
「１２時半発の列車に乗りたいんだけど、バールには何時につくの？間に合う？」
持っていった時刻表のコピーを見せる。運ちゃんは、どれどれ、って感じでそれを見ました。
「バールにつくのは１２時１５分だよ。余裕余裕。バール発の電車は５本あるから、間に合わなかったら次のに乗ればいいさ」
いやー、でもベオグラードに行きたいんだよね。モンテネグロのローカルトレインだとちとつらいんだけど、、、
ともあれ、運ちゃんは、バスに乗ってなよ、と、荷物をトランクに載っけてくれました。
バスの中は、うん、はっきり言ってしまうと、ボロかった。写真で見ると、そこそこよさげにみえるかもしれないけど、ドアは開かないし、もちろん空調はないし、座席のクッションはへたってるし、２５年前の日産チェリーもびっくりのボロさです。
で、そのバスの中には、地元の人が次々と乗り込んできて、あっというまに満員になってしまいました。
私は預けた荷物以外にも大きめの手荷物があったので、どうしようかなぁ、と思っていたら、一番後ろに乗っていた人けど、どいてくれて、ココにすわりなよ、と言ってくれました。
彼は映画のエックスメンに出てくるヒュー・ジャックマン演じるところのウルヴァリンそっくりで、なぜかフライパンを持っていました。ほかにも、私の前には綺麗なお姉さんが座っていました。
１０時半に、バスはスタートしました。私が珍しいのか、例のウルヴァリン（勝手に命名）が「どこに行くの？」と聞いてきました。
「ベオグラードだよ」
「へー、遠いねぇ」
クロアチアとはだいぶ反応が違う。クロアチアで「ベオグラード」とか、「セルビア」なんて言おうものなら、なんとなく痛い視線が飛んできたものですが、モンテネグロのバスの中では、みんな「ふーんそうなんだ」っていう感じの反応。なるほど、ちょっと前までセルビアと一緒の国だっただけあるなあ。
バスは、コトル湾を抜けて、田園地帯を走る。道路舗装の状態もあまり良くなく、車の揺れることといったらない。おまけに、サンルーフから排ガスが車内に入ってくるしで、車に弱い人は確実に１０分で気分悪くなると思う(^-^;)
けど、地元の人たちは全然気にする様子もなく、元気に珍獣ヤパンスキー（私のことですよ）に話しかけてくれました。
英語もあんまり通じないので、役に立ったのが、指さし会話帳クロアチア。敵国なのに役に立ってしまったよ。見せてあげたら、とてもおもしろそうに見ていました。さすがに、クロアチアの祝日のところを見て苦笑してたけど。というのも、クロアチアの祝日には独立記念日とか、祖国の日とか、そういうのがいっぱいあるからです。
陽気なウルヴァリンは、最後にウインクを投げて降りていきました。
スベティステファン
バスは途中ブドヴァで泊まり、そこでたくさんの人が降りていきました。ブドヴァからは海岸線がつづき、なかなかの景色。道も混んでいます。クロアチアより施設は劣る感じがしたけど、夏はかなりにぎわうんだろうな、と思いました。
ブドヴァをすぎると、スベティステファンが見えてきます。ここはもともと漁師村だったのを、ロシア（でしたっけ？）が買い取って、民家を全部ホテルにしたというもの。この島全部がホテルになってて、プライベートビーチもある高級リゾート地ようです。残念ながら２００７年は改築中とのことで予約は取れなかったです。本当は行きたかったんだけど。
しかし、列車の時間を考えると、のんきに車窓を見てもいられません。このあたりでだいたい１１時半ちょっと過ぎくらい。ブドヴァでちょっと道が混んでいたのです。出発まで一時間あるけど、切符も買わないと行けないし、時間はちょっと多めに見ておきたいとおもいました。
「間に合うかな？」
すると、運ちゃんは、まかしとけ、というように、猛然とスピードを上げました。道は良くないし、かなり狭いのですが、くねくね道をガンガン進みます。対向車が来てないのを確認して、手前の車を二台追い越しはお手の物、です。
かくて、最初に言っていたとおり、１２時１５分ぴったりに、バスはバール駅にたどりつきました。
「ありがとう、Ｈｖａｌａ！」
というと、運ちゃんは、どってことないよ、というようにバスから荷物を下ろしてくれました。
バール駅
バール駅は、コンクリートで作られた、素っ気ない建物でしました。写真を撮りたいところだけど、なにしろ出発まで１５分しかない。まずは切符を手に入れなければ。
トイレに行きたかったので、例のごとく紙に「ベオグラード行きの切符を２枚下さい、一等車」と書いて、友人に切符を買ってもらうようにお願いしました。
しかし、ここでトラブル発生！
「二等車の切符しか買えなかったよー」と言うではないですか。
バールからベオグラードまでは、８時間以上かかります。ベオグラードまではだいたい１６ユーロで、一等車にするには４ユーロ上乗せする必要があります。一人合計２０ユーロ。わずか４ユーロ（６４０円）で８時間快適に過ごせるなら、一等車の方が断然オトクです。
私は切符売り場のおばちゃんに交渉。
「おばちゃん、一等車に変更してよ。チェンジチェンジ」
しかし、おばちゃんはやる気がない。この辺は共産圏くさい。
「もう時間だし、あっちの車掌さんに言えば一等車にかえてくれるわよ」
しょうがないので、電車の前にいる車掌さんのところに行く。切符を見せて、一等車に変えてくれー、と英語で言いますと、
「Vi ste Japanka! Odakle zovete?」
セルビア語で返事が返ってくる。何言ってるのかさっぱりわかりません。向こうもこっちが何言ってるのかわからないらしく、「こいつらなんなんだ？」みたいな感じ。出発の時間は迫るし、どうすりゃいいんです。
と、あたふたしていると、上から救いの声が降ってきました。
「Ｃａｎ ｙｏｕ ｓｐｅａｋ Ｅｎｇｌｉｓｈ？」
見ると、列車の窓から顔を出して私の様子を見ていたらしい若いニイちゃんが、声をかけてくれたのです。
「少しならわかるよ！」
「どうしたいの？ 一等車に変更したいの？」
「そうそう！ ふつうの切符は買えたんだけど、言葉が通じないんだよー(T-T)」
すると、そのニイちゃんは、車掌さんにセルビア語で通訳してくれました。車掌さんは、ようやくああ、そういうことね、みたいな感じで、歩き始めた。こっちへ来い、っていうみたい。
私は、よくわからないながらも荷物を持って、車掌さんについていく。後ろの方の車両にたどり着くと、荷物をもって、電車に乗っけてくれました。ヨーロッパの電車は、のり口までが高いのです。
車掌さんに促されるままに列車に乗り込むと、そこは一等車。コンパートメントがずらーっと並んでいます。
６人がけのコンパートメントを二人で占領すると、ようやく落ちつきました。
親切な人たちのおかげで、なんとか列車出発に間に合った。やれやれ。
電車内
やがて、列車はゆっくりと進み出しました。そしてスピードをあげ……始めない。のんびり進む。中央線快速の方がよっぽど早い。都電もびっくりのスローペースです。これで国際列車かぁ。
バール鉄道というのは、セルビアの首都ベオグラードからアドリア海に最短距離で出るために、ユーゴスラビアけど、国の総力を挙げて作り上げた鉄道です。着工は1951年、完成は1976年。モンテネグロとセルビアの険しい山の中を切り開いて作り上げられた総延長476kmの鉄道は、完成までに２５年をかけています。道路もない山岳地帯を貫く工事は、恐ろしい難事でしたに違いありません。単線であるけど、急勾配を走っていくためには強力な電気機関車が必要で、列車は開通した当初から電化されていました。
しかし、それから１５年後、ユーゴスラビアは崩壊してしまいます。難工事の末にできあがった鉄道は、ほとんど貨物を運ぶこともなく、ベオグラードとバールを結ぶ鉄道はわずか一日５便。バールの港は寂れた雰囲気。なんともやるせない。
しかし、難工事の末にできあがっただけあって、景色はすばらしくいい。
出発してしばらくは海沿いを進み、やがて田園地帯をすすみはじめる。のどかな緑の景色がつづく。
そのあたりで、さっきの車掌さんがやってきて、「ドバルダン（こんにちは）、切符みせて」（推定）というようなことを 言ってきました。切符を見せると、なにやら切符にいっぱい書き付け始める。さらに４ユーロを渡して、一等車に変更完了。やれやれです。
無事に切符を一等車に変更できたところで、おなかが空いてきました。この列車には食堂車があることはトーマスクック時刻表で確認済み。
というわけで、さっそく食堂車に移動してみることに。
日本の列車だと食堂車はもはや絶滅寸前ですが、こちらはさすが本場ヨーロッパだけあって、なかなか綺麗でした。
食堂車には人影はまばらでしました。車両の両端に、六人がけのテーブルが置いてある。それぞれのテーブルには赤いクロスが引いてあり、白いナプキンも清潔です。すべての席にカーネーションも飾ってある。まるでレストランのような雰囲気で、しかも車窓を流れる景色は絶品。これは感動。旅をしてるなぁ、ってかんじ。
空いてる席に座ってしばらくすると、白いシャツがまぶしい、めがねをかけたなかなかイケメンのウェイターさんが満面の笑みで声をかけてきました。
「こんにちは、お嬢さん。何をご希望ですか」
「えーと、メニューありますかね」
と、私。すると、イケメンウェイターさんは、ちょっと思案顔。
「申し訳有りません、お嬢さん。いまこちらではメニューはご用意していないのです。ですが、何でもご希望のものを用意しますよ。ランチをご希望ですか？ こちらではいま、何とかステーキと、なんとかステーキと、何とかステーキを、、、」
ステーキばっかり。つまり全部肉料理ですか。まぁ、いいや。
「じゃあ、よくわかんないから、オススメをください」
「お任せ下さい。わがセルビアの料理にはきっとご満足いただけますよ」（意訳）
というわけで、モンテネグロ産のニクシッチビールを飲みながら車窓を堪能することに。
窓の外は湖になっていました。私の向かいに座っていた男の人と目がありました。ニイちゃんは、「あれはスカダル湖だよ。向こうはアルバニアなんだ」と、解説してくれました。
しばらくすると、イケメンウェイターが料理を持ってきてくれました。
でっかいカツレツです。けど、これまたおいしかったなぁ。ほんとにおいしかった。こんなにおっきいの食べられるかなぁ、と思ったけど、ぺろりと食べちゃいました。
料理はおいしいし、車内の雰囲気はいいし、窓の外は綺麗だし、旅行っていいもんだなぁ、としみじみ思います。
バール鉄道に乗ったら、食堂車で御飯を、ぜひお試しあれ。
御飯を食べていると、列車はいちどポドゴリッツァに停車しました。
ポドゴリッツァは、以前はチトーグラードと呼ばれた街で、現在のモンテネグロの首都。とはいえ、申し訳ないんだけど、首都というにはショボイ感じの街でしました。もちろん車窓から見ただけだけど。
しかし、ここでたくさんの人が乗ってきて、がらがらでした食堂車は次第に混雑し始めました。みんなゴハンは食べない。ビールかコーヒーだけでしました。それにしても、やっぱり珍獣ヤパンスキー（私日本人だね）は珍しいのか、それともカツレツがうらやましいのか、視線を感じます。
食後のコーヒーをいただいていると、景色は次第に深い渓谷に進み始めます。富山で乗ったトロッコ列車を思い起こさせるけど、スケールはこっちのほうが当然上でしました。
いくつものトンネルを抜けて、やがて見えてきたのがこの鉄橋。日本でも見ましたことがないようなとんでもない高さです。これけど、マラ(Mala)川鉄橋で、下の水面からの高さがなんと198ｍ。建設以来今日まで、最も高い鉄筋コンクリート製橋脚の橋という世界記録を維持し続けているといいます。
この鉄橋を越えても、さらに線路は、崖っぷちを走ったり、トンネルを抜けたりと、いそがしい。まったく、道路もないこんなところにどうやって機材をもってきて鉄道をつくったのでしょうか。想像を絶する世界です。それほど海に出たかったのでしょうか。その割にはあんまり列車走ってないし。そう考えると、なんかもう、感動するような、むなしくなるような、複雑な気分になります。ともかく、共産主義というのは、すごいものです。
やがて列車は山岳地帯を抜けて、合間に田園風景が広がり出します。天気はあいにくの曇り時々雨になりはじめます。
山の斜面に、パッチワークのように緑と茶色の畑が並びます。その間にかわいらしい家が建っていたり、白い花が咲いていたりします。進んでも進んでも、列車はとまることなく線路を進み、緑はいよいよ深く、樹間を埋める空気に濃い水の気配を宿す。これが大陸をゆく鉄道なのか、と思いも深くなります。
とにかく、すごい鉄道なのです。
食堂車から戻るときに二等車を通ったのですが、満席で、みんな窓から外を見ましたり、歌ったりとなかなか楽しそうでしました。 二等車と言ってもほとんど一等車とは変わらない感じのコンパートメントが続いていて、違いと言えば混んでいるか混んでいないかぐらいでした。 その後、コンパートメントに戻り、のんびりしていると、モンテネグロの国境近くのあたりで、一人の男性と同席することになりました。 サシャ・ポポビッチ君３７歳と名乗った彼は、セルビア人。 長い道すがら、いろいろお話をしました。 こっちは英語がかなりいい加減、むこうもあまり得意じゃない、という感じなので、かなりアバウトな会話を繰り広げました。 サッカーの話とか。日本ってどういう国なのさ、とか。 クロアチアのことどう思ってるのー、と聞いたら、奴らは敵だ！と言っていたり。 サラエボはホントはセルビアの領土なんだぜ、と言っていたり。 すごく親切な人だったのですが、そういう会話を聞くと、やはり複雑な地域なのだなあ、と感じることしきりでした。
夜の１１時ちょっと過ぎにベオグラードの少し手前の駅にたどりつきました。サシャが、もうすぐ到着だよ、といって荷物を荷台から下ろしてくれました。ちなみに時刻表での到着予定時刻は８時５６分、つまり二時間半遅れです。
ホテルはどこなの、と聞かれたので、「ホテルモスクワだよ」と答えました。
「じゃあ、タクシーで行くといいね。ただ、駅前のタクシーに乗るとあちこちぐるぐる遠回りされるから、通りを渡った先のタクシーがいいよ」
長い道中で一緒していたので、すっかり打ち解けていた私たちに、サシャはそう教えてくれました。
列車はやがてゆっくりと停車しました。駅は、バールとは比べものにならないほど大きくて、いくつもの列車が停まっていました。いろんな人が一斉に列車から飛び降りて、てくてくと明るい方へと歩いていきます。
サシャは荷物を下ろしてくれました。なんでも、お兄ちゃんが迎えに来てくれているようです。
列車の先頭にたどり着くと、男の人が手を振っていました。パジャマみたいな灰色のジャージを着ていました。坊主頭で、なかなか眼光鋭い感じでしました。二人とも同じぐらい背が高い。ただ、栄養はサシャが吸い取ってしまったのか、お兄ちゃんはとても細い。サッカー選手はこんなでっかい人ばかりを相手にボールを奪い合うんだから大変だなあ、と、妙に感心してしまう。ともあれ、サシャはうれしそうに近づくと、セルビア式にほっぺにキスを三回しました。
「僕の兄だよ。英語もしゃべれるんだ」
お兄ちゃんは、ようこそベオグラードへ、と言って握手をしてくれました。
そうして、タクシーに乗るなら両替しなよ、と言って、両替所に連れて行ってくれました。しかし、夜遅いからか、両替所は閉まっていました。うーん、ユーロしかないけど使えるかなぁ。
「ユーロはモンテネグロのお金。セルビアはディナールだよ。でも両替できないなら、ホテルまで送っていってあげるよ。両替はホテルでするといい」
と親切にも言ってくれるではないですか。１１時間に及ぶ列車の長旅にも疲れていたし、ココはお言葉に甘えることにしました。
駅の外は広い通りがありました。街灯が並んでいて、夜遅くだというのに結構人がいます。サラエボやドブロヴニクとは違って本当に大都市、という感じがしました。
駅の外には、年代物の車が。マーチぐらいのサイズで、しかし角張ったシルエットは時代を感じさせます。車体にはYUGOと書いてあって、社会主義時代の国産車らしいと伺わせました。
「これはセルビアの車なんだよ」
とお兄ちゃんは言って、トランクに私と友人の荷物を載せてくれました。
「ベオグラードは初めて？」
「うん。すごく大きな都市でびっくりしているよ」
私が答えると、すこしうれしそうにしました。サシャもそうだけど、セルビアという国と、ベオグラードが好きなようなのです。そういう意味で、セルビア人は誇り高い。（といっても、列車の中の人ぐらいしか会ってないけどね） 正直いって、セルビアはクロアチアよりも列車も車も町も何というか、貧しい感じなのですが、それはかつての経済制裁の影響で、ぼろぼろになってしまっているからのようです。だからといって卑屈にはなっていない。自分の国が好きだし、一番だと思っているかんじ。それは、いろんなところからひしひしと感じました。
駅を出ると、車は坂道を上りはじめた。ホテルまでの道は車ならばたいしたことはないけど、歩きだとかなり距離が有りそうでした。
私は、今まで行ったところの話をしました。サラエボに行って、それからモスタル、コトルに行ったことも。例によってドブロヴニクは抜かしたんだけど。
お兄ちゃんは、うん、全部いいところだよね、と答えた。昔、モスタルに行ったことがあります。あの橋のふもとからネレトヴァ川に飛び込んでサシャと泳いだんだよ、と話してくれました。それはいつのことなんだろうか、と思いました。戦争前でしょうか。それとも、ごく最近に、セルビア人がそこに行くことはできたのでしょうか。
私がそんなことを考えていると、お兄ちゃんは言いました。
「ところで、クロアチアのドブロヴニクとザグレブは行った？」
私は驚きました。気の使いすぎかもしれないけど、少し前に、クロアチアは敵だ、なんて話を聞いたばかりなので、できるだけクロアチアの話は避けていたのです。どちらも行ったことがあります。けれど、私は一瞬答えに淀みました。
「どちらもとてもいいところだよ。是非行ってごらん」
お兄ちゃんは特に気負うこともなく続けました。
「僕たちはもう行けないけどね」
この人は、クロアチアのザグレブにも、ドブロヴニクにも行ったことがあるのです。サシャのお兄ちゃんと言いますからには、４０ぐらいでしょうか。たぶん、紛争前のユーゴスラヴィアで、セルビア人もクロアチア人もなく自由に行き来できた頃に、行ったのだと思います。そうして、戦争のあと、別々の国になり、敵同士になってしまって。だからたぶん、もう行けない、と言います。
複雑だなあ、と思いました。
やがて、車はホテルモスクワの前につきました。ベオグラードで一番歴史があるホテルだよ、とお兄ちゃんは言いました。
サシャとお兄ちゃんは、私の荷物をホテルまで運んでくれました。
「気をつけて、ベオグラードを楽しんでね」
サシャは言いました。私はうなずいた。たまたま列車で一緒になっただけでした。最初はビビったけど、結局すごく楽しく時を過ごすことができました。しかも自分も疲れているだろうに夜中にわざわざホテルまで送ってくれて、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。だから、教えてもらったセルビア語で答えました。
「Hvala, Dovidenja!」
ホテルに着いたのは、もう夜中の１２時近くで、部屋に入るとバタンキュー、で寝てしまいました。
最後の宿は、ホテルモスクワ。１９０６年にロシア資本で建てられたという由緒あるホテルだそうです。
でも、なんでセルビアにモスクワ？ここに限らず、ヨーロッパのホテル名は謎が多い。ザグレブにあるのに、ホテルドブロヴニクがあったりもしました。よくわからん。北海道にホテル沖縄があるようなものじゃないのでしょうか。
ともあれ、今までの宿が全部ペンション系でしたことを考えると、ここだけ奮発した感じです。一泊ツインで１３０ユーロ、デラックスだと１５５ユーロ。最後は疲れてるだろうし、それまで節約していたので、デラックスにしたのですが、すごく広い部屋に案内されてしまいました。何しろ、メゾネットタイプになっています。トイレも上と下で二つある。ただ、設備はちょっと古くて、フックがはずれたまんまでしたり、シャワーが固定式でしたりしたけど。だけど、調度品は味があるし、なんだか博物館に泊まっているような感じで私はすごく気に入った。
あと、ベオグラードの町の中心にあるからすごく便利でした。駅からはちょっと距離があるんだけれども。